• Makoto

僕と学校①

僕は幼い頃から変わり者で、母からすれば「何を考えているか分からない子ども」でした。


なぜ他の子のようにできないのか?

なぜ母の子どもの頃のような経験をしようとしないのか?


何度もそう尋ねられながら育ちました。



小学校4年生頃から僕は無気力感に悩んでいました。


1日が楽しくない。


学校では友人から離れて1人ポツンとしていることが多くなりました。



中学に上がると、担任の先生と馬が合わず、どんどん心がすさんでいきました。


友人と呼べる相手もおらず、1人で悩んで過ごしていました。



2学期になると僕は体調不良で休みがちになりました。


いつものように朝起きて準備をし、制服を着ようと手に取った瞬間


立ちくらみがし、吐き気をもよおしました。


突然のことで驚きつつも、その時は「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、なんとか服を着ました。


が・・・


制服を着た自分を鏡で見た途端、ひどい吐き気がしてトイレでゲーゲー吐きました。


休みがちになったのはその時からです。


そして、3学期が始まると、僕はついに「学校に行きたくない」と親に打ち明け、しばらく不登校になりました。



中学2年生になると僕と馬が合わなかった先生は異動になり、担任が変わり、少しずつ落ち着きを取り戻していた僕は何とか学校に復帰しました。



ですが、その頃の僕は死ぬことを熱望するような子どもになっていました。


いつも死を連想し、ここから落ちたら死ねるだろうか?というようなことばかり考える中学生活を送りました。


やる気ゼロなので、授業中は聞いていませんでしたし、休み時間は寝て過ごしました。



母は僕を心配し、口うるさく言うようになりました。


ですが、僕は頭では理解できても母が言う「普通」にはなれません。


母が「普通は~」とか「お母さんが学生時代は~だった」というような言葉を発すると僕は必ず反抗を示していました。



僕の反抗は、”目”で訴えること。



その”目”は、母曰く「冷酷で呆れたような目」でした。



それでは伝わるはずもないのですが・・・


そんな目をする時の僕は、子どもながらに「助けてほしい」という気持ちでいっぱいだったのです。





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